窓の外のドイツ留学

ドイツ大学院修士課程に在籍しています(二年目)。音楽に関するブログはhttps://madonosotokun.hatenadiary.com

8月も終わり、残りはあと1か月ぐらいとなりました

9月になりましたね。

 

ドイツは夏を過ぎて、だいぶ過ごしやすい気温になってきました。

コロナにかかる人もちょっと多くなっているようです。

 

 

個人的には少し前、こんなTwitterを書いたりしました。

 

 

現在ノルトライン=ヴェストファーレン州にある大学に通っている僕ですが、実は修士課程修了後の進路もありがたいことにほぼほぼ決まりました。そんなわけでこの州ともお別れすることになるはずです。

 

ぶっちゃけると、今住んでいる街はあんまり好きじゃなくて…。人多いし、自然少ないし。

かといって次行く予定の場所も人が少ないわけではないんですよね。でもきっと今住んでいる街よりは随分と良いところなんじゃないかなって思います。

 

どこいくねん、とか、なにするねん、っていう話になるのですが、これは11月ぐらいにもう少し詳しく書けると思います。そのころには新しい場所で新しいことをやっています。そのはず。

 

ただ何よりも今は修士論文ですよね。

今週で大方の研究室での実験は終わるはずです。

あとはパソコンでカタカタやったりして、なんとか10月5日にバシッと提出してしまいたいです。というかそうしないと大変です。

 

そういうわけで、この大学でやることもあとだいたい1か月となりました。

コロナの影響もありましたが、おおよそ2年、4学期でちゃんと修了できそうです。留年とかは本当に洒落にならないので…。

 

また、9月は(何日か忘れましたが)、僕がドイツに入国してちょうど2年になる日がどこかにあります。確か中旬だったはず。

 

お金がなかったのでこの2年は全く帰国しませんでしたが、LINEだとかSkypeだとかのおかげで家族友達と普通に話せるんですよね。最近ではオンライン飲み会なんかもやったり。文明の利器には感謝です。

 

ボチボチ実験も始めようと思うので今日はここで失礼したいと思います。

修士論文頑張ります。

僕は如何にしてドイツの大学院生になりし乎12 奨学金応募と卒業の5年生後期

久々にこのシリーズの続きを書きます。

 

前回はもう4月の末だったんですね。

ずっと見ている人がいるかどうかわかりませんが、もし気にかけてくださっていた方がいれば、更新が滞ってしまい、申し訳ございませんでした。

 

今回、次回でこのシリーズは終わる予定です。

 

一応、合間が長かったので、ここでいったん1回目からのリンクも下に貼っておきます。

このシリーズでは僕がどういった経緯で現在ドイツの大学院に進学できるに至ったか、ダラッと高校3年生の受験ごろから書いています。

 

 

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前回は大学院出願に必要なIELTSのスコアをどうにか取得、学部最終学年となり研究室に配属したことなんかを書きました。

 

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5年生後期、10月あたりにDAADの奨学金のための書類提出があったため、それのために書類を準備しました。IELTSはこれに間に合うように点数を一応取れたことになります。

 

DAADのことについても、以前別な時に書いたので、そちらを見てもらえればと思います。

 

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面接で落ちました。

 

感覚的には、それまで面接をとにかく苦手としていた(僕は高校の時の推薦試験で、定員割れしているのに落ちるというトラウマ的な経験をしています)が、この時の面接は「これで落ちたらもう仕方がない」と思えるほど自分的には自分を出し切れた感じです。

 

とはいっても落ちたことには変わりないので、やっぱり採用された人はすごいなと、誰が採用されたのかは分かりませんがその人たちを尊敬しています。

 

JASSOの奨学金は書類審査で見ごとに落とされました。これは僕の中でDAAD以上に仕方がないというか、採用されることはないだろうなと思っていました。

 

 

結局、奨学金を得ることはできず、留学をすることになれば私費で行くしかなくなってしまいました。

 

 

さて、IELTSや奨学金やら、さらには志望大学院の出願準備はやっていましたが、それに並行して卒業論文も準備していたわけです。

 

僕的には割と苦がなく進められたと思います。それはやっぱり研究室のほかのメンバーと研究室の教授に恵まれていたからです。また、コアタイムがなくて自分の好きな時間に研究室に行くことができたので、日曜日から次の日曜日までなんやかんや皆勤賞になっても別に問題はありませんでした。

 

休憩がてら、ほかの研究室を見に行くと、誰かしら友達は深夜でも残っていましたしね。理系あるある、かな?

 

 

そして卒業の年の2月。卒業研究発表の日。

まぁ~~~~緊張しました。

とにかく、教授陣の前で何か発表するっていうのは緊張しますね。

みんな無表情ですし、えぐい質問されたらどうしようかなって思って。

ただ、なんやかんや耐えました。無事に卒業が決定。そりゃしないとメチャクチャ困りますが。

 

 

3月。卒業式。

留学の関係で卒業はほかの人よりも基本的には1年遅れたわけですが、チラホラ友達の中にも同じ時期あたりに1年留学していて僕と同じ年に卒業する人もいました。

彼らはその次の月から就職するわけで。

僕だけ進路が決まていないというのはやっぱり心細いというか、不安もありました。

 

実はこの時期には、出願する3つのドイツの大学院のうち、1つには出願して、見事に書類で落とされたのを知ったころだったと思います。だから余計に不安になって。

友達とは顔では笑いながら話すけど、内心ビクビクしていた時期でした。

 

 

そして僕は4月から実家に帰り、残り2つの大学院への出願と、アルバイト生活が始まったわけです。

 

 

 

留学した1年も併せて、5年間大学にはお世話になりました。

このシリーズの一回目の時にも書きましたが、僕が進学した大学は「国立の底辺」なんて揶揄されるところで、僕の第一志望の大学どころか、センター試験の自己採点を終えるまでは志望校の考えにもなかった大学でした。

 

くだらない高慢さで学部1年目はほぼほぼ棒に振ってしまいましたが、その後の留学以外も含めた経験や周りの人たちのおかげで、大変充実した大学生活を送ることができました。

 

今では、この大学に入れてよかったなと、体験してみて実感するもので。

気が付いたらもう大学卒業は2年半も前のことになりました。

 

 

さて、次回はいよいよこのシリーズの最終回になります(予定)。

実家での半年間を書いて、このシリーズを終わらせたいと思います。なるべくすぐに書ければと思っています。

 

それでは、近いうちに。

修士論文提出2か月半前 1か月1回のペースになってきているブログ更新

1か月1回ぐらいのブログの更新になってきてしまいました。

お久しぶりです。まどのそとです。

 

8月になりました。ドイツも30℃ぐらいになる日が結構出てきています。暑いのは嫌いです。

 

コロナの影響で開始が遅れた修士論文(30単位)も、提出期限まであと2か月半となりました。…ボチボチでしょうか…。これからどんどんデータも得られそうなので、結果と考察の部分も埋められていきそうです。

 

研究室のメンバーの人たちもチラホラ休暇でいない人が出てきました。

現在ドイツの大学の研究室では人数制限があったりするので、少し気にせずに実験を進めていけるかなって感じです。

 

ですが、ドイツでもまたちょっとコロナの感染者数が右肩上がりになってきました。今週末はベルリンで大規模なデモがあったんですね。マスク着用義務とかに反対している人が、マスクなしでベルリンを闊歩しているのを、YouTubeのニュースで見ました。

 

確かにぶっちゃけ暑いです。ただまあ、外では着用義務にはなっていないので特に気にはなんないような気もします。僕の感想です。ただ、確かにバスは場合によっちゃサウナでマスクしているようなもんです。その時は苦しいです。

 

コロナが厄介ではありますが、ともあれ修士論文はビシッと終わらせたいです。

 

 

ところで修士課程修了した後どうするん?っていう話ですが、これが未定です。

これもどうにかしないといけない問題です。

 

 

もし何もなければ年内に日本帰国に帰国します。

ただ帰国はしたくないです。

 

今日は以上です。

今年も半分が終了 近況報告

今年も上半期が終了しました。

 

ほぼコロナで埋め尽くされた感じの半年ですが、年内はこんな感じでしょうか…。

 

個人的にも今年に入ってからあんまり良いことがないというか…。

なにせ先行き不透明なんですよね。

 

今後のことについてはっきりと言えることがないのですが、修士課程を修了した後、もしまだドイツ(ヨーロッパ)に残れるのであれば、果たして僕はどの種類のビザで滞在することができてるんだろうっていう状況です。

 

もともと家族にはいい顔をされずにやってきたドイツの修士課程留学。これまでそこそこ経済的な援助をしてもらえましたが、これ以上は望めず。というかこれ以上家族に迷惑をかけるのは…。という感じで追い詰められており、心のゆとりが無くなってきているのが最近です。

 

もちろん色々と動いてはいるんですけどね。

ただ現状何も見えないのがとにかく不安です…。

 

その一方、徐々に友達と会って何かする頻度が増えまして、それが助けになっていたりします。

 

 

どうにか残りの半年は良い感じに、良い結果になるようにやっていければと思います。

 

6月が終わる前に一度、近況報告でした。

DAAD留学奨学金について 面接などの体験談

ぼちぼち修士論文も書いちゃってたりしている今日この頃です。

 

今日は久しぶりに留学ブログっぽくDAADの奨学金についての内容を書いていこうと思います。

 

前にも書くって言ったような気がしましたが、結局こんなコロナで留学いけねえよ!っていう方々がいる中での更新となりますが、一応来年度の募集があれば今年の10月ぐらいに応募締め切り、12月あたりに二次面接があると思うのでその時期の前に書こうと思い立ちました。

 

先に行っておくと、僕は一次書類選考は合格して、二次の面接で落ちてしまいました。なので、こうした方がいいっていうのは特に言えないですし、考えてみればその面接とかも3年前になるので記憶も薄れ薄れですが、ドイツへの留学を検討している方に参考にしてもらえればと思います。

 

下のURLはDAADの奨学金のページです。

https://www.daad.jp/ja/find-funding/scholarships-for-students-and-graduates-from-japan/

 

僕が修士でドイツに進学したので、奨学金は留学奨学金(修士)をメインに書いていきます。

 

1. そもそもDAAD奨学金とはなんぞや?

 

ドイツに留学を検討している人はDAADという言葉を聞いたことがあるかもしれません。

DAADはDeutscher Akademischer Austauschdienst (ドイチャー・アカデミッシャー・アウスタウシュディーンスト)の略で、日本語だとドイツ学術交流会というようです。

ドイツ留学の情報などを出しているところですが、DAAD奨学金は研究のための奨学金、学位(学士・修士)を取るための奨学金、芸術系(美術・演劇・音楽・映画など)を志望する学生のための奨学金など様々です。もちろん給付型です。

 

その奨学金に合格した人はメチャクチャ待遇が良く、去年の留学奨学金(修士号などを目指すための奨学金)を見てみると、

 

月額850ユーロに加えて、

保険料、旅費補助、ドイツ語語学研修費も出してくれるようです。

 

これは3年前僕が応募したときと変化がないと思います。

以前ドイツの生活費に関するブログも書きましたが、月額850ユーロにプラスして保険料も出してくれるともなると、僕の場合だったら余るくらいです。貯金がそこそこできます。

 

そんなわけで、かなり待遇が良い奨学金なので応募基準を満たす人は絶対申請した方がいい奨学金です。JASSOより良いんじゃないでしょうか?(僕はJASSOの方は書類で落ちました)

 

 

2.書類選考について

 

詳細は公式ホームページから確認してください。

基本的に書類は英語かドイツ語で提出するものもあります。動機文などの英語は大学の英語圏出身の英語の先生にチェックしてもらっていました。

推薦状の提出が去年の内容を見ると1通になっていますが、僕は確か「研究室の准教授」、「ドイツに交換留学していた時の担当していただいていた教授」、「大学1年生の頃からよく知っているドイツ語等を担当している教授」の3人からもらっていました。

 

個人的感想ですが、僕の動機文ってあんまりすごい良いものとは言えない内容だったと思います。それでも書類審査を通ったのは、推薦状を書いてもらった人のおかげだったのかなって思います。3人中2人がドイツ人、3人中2人が専門の先生だったので。

 

 

3.面接について

 

まさかの書類審査が合格したので、東京のDAADの本部(?)で面接が行われました。確か12月だったと思います。

からしたら空港以外で東京に来たのは2度目のことでした。前日はほぼ東京観光みたいなものでした。別に前日何かやって結果が変わるとは思っていませんでしたし。

 

ただ当日はものすごく緊張していました。

館内にはあんまり人がいませんでした。応募者も時間に分けられていて、日時も2日に分けられていました。僕は2日目の午後だった気がします。

 

面接の部屋・待っている場所も文系・理系で分けられていました。

僕は理系の方の面接だったのですが、面接室の前に張り紙があって何時に誰が面接予定か、見たいのがありました。そこに乗っている名前が15人とか20人とか?ぐらいだったので、それが2日あったから30~40人、文系の人もそれぐらいの人数だとしたら60~80人ぐらいの人が二次面接に来ていたんだと思います。

 

心臓バクバクの中、面接の部屋に入ると、部屋の中はこんな感じでした。

 

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赤が僕です。

その対面の3人がどこかの大学の教授でその時の面接官でした。僕から見て左、真ん中の人が日本人の方で、右の人は外国の方でした。専門分野も3人みんな別々で、たしか機械、化学、物理とかそんな感じで、僕の専攻の微生物関連とはかすっていなかったと思います。

 

左、緑色の2人はDAADの職員の方で、おそらくドイツの方だと思います。進行役のような感じでした。右の黄緑色の人もDAADの職員の方だと思いますが、この方は面接で僕の受け答えとかを記録する係の人でした。

 

子供のころから面接とか人前で発表するのがとにかく苦手な僕ですが、こう三方向から見られるアウェー感は半端なものではなかったです。

 

面接はまず、「英語で行いますか?ドイツ語で行いますか?」というところから始まりました。僕は英語を選択しています。というか、ドイツ語で面接はなおさら厳しいものがあります…。

 

最初はありきたりな、「どうしてこの大学に進学したいのですか?」といった質問でした。志望動機文やそれとは別の出願用紙には2つの志望校を書けるのですが、僕は基本的に志望動機文に沿った内容のことを話しました。

 

ここからどういう質問がどういう順で来たのか覚えていないのですが、その後は、「修士を卒業したらその後はどうしますか?」や、「志望校の先生とはすでに連絡を取っていますか?」、「ドイツ語の方ももう勉強されていますか?」、「大学院ではそのような内容の勉強をしたいと言っていますが、現在の大学で勉強・研究している内容とどのような接点がありますか?」といったことを聞かれました。ほかにも何か聞かれているかもしれませんが、すいません、3年経ったのと、本当に緊張していたのでこれが精いっぱいです。

 

ある時点まで結構しっかり答えられていたのですが、ある先生が聞いている質問の内容が何回聞いてもどうしても分からなくて、その辺りの時間帯は一気にテンパってしまいました…。

 

最後に、「何かほかに、面接官の先生方から聞いてみたいことはありますか?」という質問をされたので、何かないかなって考えてみて、「研究者として、一番大切なことは何ですか?」みたいなことを聞いたんだと思います。ざっくりとした質問でしたね。

 

「難しい質問だね~、ははは」みたいなまったりとした雰囲気になりましたが、その中で一人の先生(僕が質問を理解できなかった先生)が言った "Stay positive"は未だに覚えています。

 

 

4.その結果

 

結果は残念ながら不合格でした。補欠とかにもなっていません。

話によると例年30人ぐらい最終的に合格するようですが、僕の年は20人未満とかだったようで、特に定員が決まっているわけではなく変動するようです。

DAADが公式に発表しているわけではないので倍率はちゃんとは分かりませんが、書類選考の時点では10倍ぐらいの倍率だったりするようです。正確な情報か分かりませんが。

ただ、終わった後はやり切った感があったので後悔はしていないです。

 

 

 

そんな感じのDAAD奨学金応募体験談でした。

 

奨学金を獲得した合格者の体験談ではなく、あくまで二次面接で落ちちゃった人の話ですが、参考にしてもらえれば幸いです。